岐阜調狂俳と俳句の研究

東海ちょりゅう

狂俳

“KYOHAI”

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狂俳の歴史『岐阜市史通史編近代』と『岐陽雅人伝』より

2022.05.04 972

12音の最短詩型として、美濃・尾張・三河・伊勢地方で庶民に親しまれている狂俳は、その起源と技法と定座作法において、岐阜と深い所縁を持っている。

1. その起源と系譜

無為庵樗良(村瀬勘右衛門、又は三浦)

【樗木 ちょぼく】①ニワウルシの木。②役に立たない木。無用なもの。

志摩郡鳥羽に生まれて、のち伊勢山田に住んだ俳人。各地を行脚し、安永年間しばしば岐阜に来遊。蕉門伊勢風の涼菟門下の乙由に学んだ。
前句を方県郡鷺山村の桑原藤蔵に伝え、岐阜地方に前句が広がった。

第一世細味庵

藤蔵は後に岐阜の美江寺に出て洗張業を営んだ。樗良に認められて初代細味庵東坡大人と号し、前句の選者の秘伝十カ条を伝授された。門人も多かった。後ち、細字を作るを好み、扇面に千字を題するに至る。細味庵性質無欲淡泊にして竟に婦を娶らず。故に子孫なし。一代にて絶家さり。
文政6年(1823)4月12日、75歳で没。戦災前まで美江寺観昌院境内に句碑があった。

辞世

一舟の人並び行く枯野かな

第二世細味庵

里仙と号し、美江寺に生まれて本名は棚橋久左衛門。第一世と同様老巧で門下生多数。祖先は棚橋右近は建武の中興の当年、後光厳天皇の揖斐郡小島に乱を避け随従。その二男喜右衛門その地に留まり、その末裔。父祖の業を継ぎ里正(村長)。真紫庵という文臺も継承した。嘉永元年(1848)9月9日65歳で没。

辞世

身ひとつを木枯もまたと枯れにけり

第三世細味庵

示邨(又は、楽邑、詳細不明)

第四世細味庵

松瓶は、鈴木久兵衛といい岐阜泉町の人、鈴木屋足袋の本家で細味庵三世の子。狂俳の品位を改良しようと尽力。明治37年(1904)11月3日没。

第五世細味庵

眉秀は、岐阜常磐町で足袋屋(鈴木屋)を営み、四世松瓶の妾腹の子で、真野秀次郎が本名。子門に俳諧を学び、余技に義太夫を語り、その軽妙洒脱な吟声に定評があった。明治から大正にかけて狂俳は黄金時代を迎えるが、その功は眉秀によるところが大である。昭和6年(1931)11月1日68歳で没。

第六世細味庵

禾秀は、本名川出善之助、岐阜市今町の人、昭和18年3月没。

この細味庵のほかに、狂俳の名門として一家を成したのが八仙斎である。

第一世八仙斎

亀遊は、岐阜市今町の製紙原料商長屋亀八郎で作句老巧、指導親切のため門人多く、推されて第一世を号した。資性頗る風流を好み、無欲恬淡にして早くより隠者の志あり。夫婦養子を迎え家産を譲り、金華山の麓竹林の中に草庵を結び、俗塵を避け、専ら風流韻事に耽る。常に文学を怠らず、博覧強記なり、某年伊奈波国豊座に市川團十郎の劇を見て微かなる批評を試みた時、團十郎岐阜に批評家ありと大いに改めて、後に岐阜通過の度に亀遊を訪問した。晩年茶禅を味わい、瑞龍寺の敬沖に参じ悟道を得た。爾来 梅長者と名乗り頗る奇行が多かった。常に飲料水を千畳敷の北なる渓水を汲む。雨の日もこれを汲みに行く。人問えば答えて、穢土の水脈を避くと云う。明治26年10月21日76歳で没。墓は、末広町法圓寺内にある。

辞世

きれ雲をあきあき風に冬の月

第二世八仙斎

一秀は、岐阜市金屋町の味噌溜商山城屋の渡辺浅次郎で、風流才人、任侠をもって人事を調停し、自らを計らず、そのため産を傾け、晩年は不遇なり。文台を継承して二世となる。分銅社中を統率した。明治36年11月没。42歳。

追福

梅咲き見せにけり冬のあたたかみ

篠溪梅林に句碑

梅が香やたてておこしたる塚の石

伊奈波極楽寺にて永代詞堂 分銅社中

第三世八仙斎

巴童は、岐阜市金屋町の弁護士平尾半四郎。

第四世八仙斎

秀雅は、岐阜市駒爪町の棚橋康司で56歳で没。

第五世八仙斎

右左は、岐阜市美園町の森卯三郎(または矢井宇三郎)で75歳で没。

第六世八仙斎

松寿は、岐阜市鷺山の田島正平で、昭和24年4月没。

そのほか、大人として各地の狂俳に選者として活躍した者

岐阜の蝸牛庵(第一世)微角・蝸牛庵(第二世)蕉石・春長齋左江・安田草紅葉・小倉富有・相楽軒花照・愛光堂可凉・梅廼家二光・小々坊其月・曙園露真・小島米峰園・花鳳軒呉角・藪中庵竹葉
稲葉郡の方円亭器水、芥見の佐藤芥中居、山県郡の孝行亭和遊・里見亭梅耕ら。

2. 技法と内容

狂俳が庶民の文芸として広く親しまれてきた理由の大きなひとつに、その詩型の簡便さがある。元来は、冠句・冠付・雑俳・笠句・笠付・単俳・新俳諧・十二詩などを稽古させ、上の七字に後の五字を附けることを学ばせて、俳諧の作り方や、句意の変化を会得させるために、狂俳ははじまったものとされている。

一定の題に対して、七・五あるいは五・七の十二音で表現される文芸である。
七・五あるいは五・七だけで狂俳は完成するのであるが、題は十二音に含まれない。

[ 茂作さ ]
鋤より筆を重たがる(七・五)

作者不明

[ これはこれは ]
箱入りがすいものを好む(五・七)

作者不明

以上美濃地方古句

題は十二字に含まれないが、題を離れて狂俳は成立しない。俳句が主として文語体であるのに対して、狂俳はほとんどが口語でる。また俗語や方言も多く使われ、それだけ郷土に密着している。

[ 寄てかかり ]
利の有る我(わし)が悪いげな

キフ霞州

[ 筆 ]
屠蘇の機嫌に取初める(七・五)

キフ細味庵

[ 皺(ひび)の手 ]
町の妹に見せて泣く(七・五)

フクトミ梅守

以上「狂俳美知志留辺集」(明治35)

狂俳の内容は、滑稽を主としたもの俳句的境地を主としたもの川柳点のうがちに傾斜したものの三つにわけることができる。

第一は、滑稽・道化・洒落・ユーモアなどで、それはときに土俗的な下卑たくすぐりの味を帯びたり、同郷意識の暗黙の了解の上での苦笑を誘ったり、即興の頓智で奇想天外の世界を十二音のなかに盛り込むもの。
第二は、俳句的な境地も狂俳の作品のなかで大きなウエイトを占めている。本来が俳諧から派生的に生まれた詩型であることと、岐阜調狂俳定義の規矩によるところが大きい。
第三は、川柳の主要な要素であるうがち、つまり、事象の急所を巧みに衝いて風刺することも狂俳の要点のひとつである。ただし川柳と異なるところは、一句肺腑を貫くといった鋭い風刺や、体制や権力に対する鋭い批判は表面に浮かび上がることなく、むしろ媚びにも似たくすぐりや、へつらいを秘めた皮肉が狂俳の特性になっている。
そのことが、選者大人を身内のように地域にもち、頓智で社会や人事の矛盾を指摘し、革新でなく反省をといった気合で表現するところに、底辺の広さの原因がある。

3. 岐阜調狂俳定義

岐阜・愛知・三重の三県で盛んに行われている狂俳であるが、岐阜の場合は他県に比して若干の相違があり、他県で行われているのは冠句調狂俳であるが、岐阜県だけは俳諧調狂俳が行われ、それを岐阜調狂俳と呼んでいる。
樗良から前句の正風を教えられた後、細味庵、そして八仙斎の宗家は狂俳の法式を次第に固め、その中で俳諧連句の歌仙行式を取り入れて、序列に定座を設けて、高尚にして格調ある狂俳を広めた。この俳諧式定座は、岐阜調狂俳の定義である。

岐阜調俳諧定義

秀逸 当季(関巻時の季節)の句にして、景色整い意味深重なるを好む。然れども技巧に過ぎたるは悪し。
第二 高尚にして恋の真情を穿ちたる句。
第三 神祇、釈教又は気品高く、貧富厭いなき大人物の句をよしとす。
第四 極めて軽妙にすらすらと出来たる句。
第五 月、星の句たること。然れども佳句なきときは無月にてもよろし、その際は句意に月、星の余剰ある句たること。
第六 女性の句にして愛情・有情・無常・述懐・又は恋なれば第二の恋より薄き句たること。
第七 他の季(開巻時季以外)にして侘び寂びある高尚の句、都合にて第五の月を送るもよし。
第八九十 選者の嗜好に任す。然れども先に選びたる句に八重ざること。但し俳句ある場合は第十に据えること。
見返 他の季(第七に同じ)より見出すこと。但し秀逸に勝りたる句は据えざること。(見返しとは十一番目に当る)
大尾 一巻の殿(しんが)りなれば人物、景色、居所いずれにしてもよし。但し締りある高尚にして重厚の句を据えること。尚秀逸が昼なれば夜の句、内なれば外の句を据えること。

以上の如く(秀逸)から十迄を、同じ組方で二十内・三十内・五十内・・・と十句宛繰り返し、百内を組上ぐるものである ―(以上祖師遺訓定義)沢田唖声『狂俳の手引』(昭和52)
以上の定義のほかに岐阜調俳諧の作句法には、次のような原則と約束事がある。

作法の第一には題の解釈、第二は着想と連想、第三は題の思索、第四は句作、第五は題と句との距離感、第六は推敲、という順序を原則として作られる。
また約束ごととして、一に題の字は句の中に一字でも読み込んではいけない。二に句の止め字はうちの一字であること「る・い・く・ぬ・す・む・つ・ゆ・う・り・ふ・ん・た」。三に名詞止めはいけない。という決まりがある。

4. 狂俳の景品

狂俳大会には懸賞が付きもので、出句には入花(出句)料を要する。時代によって景品は異なるが、秀逸に米一俵・長持一棹・反物・自転車一台というものから、マッチや葉書や石鹸まで、生活必需品が当てられ、そのこともまた狂俳の人気を保つ一つの要素でもあった。


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