岐阜調狂俳と俳句の研究

東海樗ちょ流りゅう会

狂俳

“KYOHAI”

令和5年 狂俳発祥250年

→ To the next 300 years

和歌「敷島の道」連歌「筑波の道」狂俳「稲葉の道」

連歌(真態)→俳諧(行態)→狂俳(草態)

ホーム›狂俳日々徒然› 湯ヶ峰吟社,  学校狂俳 › 学校狂俳 下呂市立下呂中学校

学校狂俳 下呂市立下呂中学校

2022.04.26 ✓3,719

歴史

1947年(昭和22年)4月1日 学制改革により、下呂町に下呂町立下呂 中学校〈旧〉として開校。
1955年(昭和30年)4月1日 下呂町、竹原村、上原村、中原村が合併し、下呂町が発足。
1968年(昭和43年)4月1日 下呂中学校〈旧〉、上原中学校と中原中学校を統合し下呂町立下呂中学校となる。
1969年(昭和44年)校舎の増改築が完成。下呂教室、上原教室、中原教室を廃止。
1978年(昭和53年)新校舎(鉄筋コンクリート造4階建)が完成。
1986年(昭和61年)新屋内運動場、技術教室が完成。
2004年(平成16年)4月 町村合併により下呂市立下呂中学校となる。

特徴

下呂中学校は、下呂、上原、中原地区を校区とし、北は下呂市萩原町と接し、南は国定公園中山七里を含む地域で下呂市金山町に接しています。中心部は益田川に沿う温泉地域です。南東部は、輪川、門和佐川に沿う上原地区、中原地区で、中津川市加子母・賀茂郡白川町佐見と接しています。

「ひとり歩きできる生徒~目標や課題に向かって追求し続ける生徒の育成」を教育目標に掲げ、昨年度はコロナ禍でも、生徒自身で工夫して、運動会は蜜を避けて240メートルの大トラックを作り実施したり、合唱祭をグランドで実施したりしてTV新聞でも取り上げられました。

所在地 〒509-2202 岐阜県下呂市森455番地1
校長 中村好一先生
生徒数 約二〇〇名

狂俳の活動

平成二十九年度から、下呂市の湯ケ峰吟社の今井喜久水代表に狂俳の出前授業を実施していただいたのが始まりで、今年で五年目になります。毎年三年生を対象に四月に授業で過去の映像や資料をもとに講義を受け、課題を二つあげ、十人のグループに分かれて句を作り、発表してもらいます。その作品を和紙に句を書き、絵も描いて完成させます。

7月の初旬に表彰式が行われます。そして下呂温泉まつり献燈狂俳大会として毎年七月十五日頃から八月末位まで温泉街中心部を流れる阿多野谷約二百メートル間の両岸や谷に架かる湯之島橋、白鷺橋、阿多野橋の欄干に設置された行灯約百基を飾ります。 残念ながら昨年今年とコロナ禍のため、祭りは実施されず、行灯だけが展示されています。生徒の全作品が展示されています。そのほかに湯ケ峰吟社や郡上の三栄吟社、高山の小古都吟社の協力のもと出品されています。


挨拶

狂俳とは

組織

文芸活動

文化活動

機関誌・報道

その他

狂俳結社紹介 岐阜地区

西濃地区

東濃地区

中濃地区

郡上地区

飛騨地区

↑