岐阜調狂俳と俳句の研究

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吟声社 結社紹介

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2022.04.24 122

社名

吟声社、関市、旧武儀町地域の愛好者で結社。会員数は男性四名女性十二名の十六名。

元号改正でその名を広めた「道の駅・平成」やNHK「ゆく年くる年」で放映された岐阜県最古の寺、日龍峯寺(通称・高澤観音)などがある。

その日龍峯寺には、今でも数多くの狂俳奉納岳が掲げられている。古くは幕末や明治初めに奉納されたものもあり、この地域では古くから狂俳文芸が盛んであったことを物語っている。

代表

森田博泉雅、現在の樗流会会長、清正軒晴月大人のお膝元で、十数年前に「やってみないか」と誘われたのが狂俳との出会い。故佐藤香雪大人に師事する。樗流会誌の表紙絵の作者でもある。郵政省を退職後、本格的に彫刻の道に進み、日龍峯寺の看板や本堂の賓頭盧様の手を補修するほどの腕前である。現在日龍峯寺・・会会長も務める。

社の歴史

昭和四十年代には、この地に桃鳳社があり、下之保村長であり会代表であった、森田東州家には、その昔、飯尾宗祇が郡上の途に宿泊し、歌を残したという。今も国道沿いにその歌碑が残る。その後、昭和五十三年に暁声社から受け継ぎ、吟声社となる。

歴史の始まりは定かではないが、日龍峯寺に江戸、明治と狂俳奉納額が残り、その後も明治四十二年に当山住職が会主の奉納額があるほどなので、やはりこの地では、狂俳が盛んに行われたことは想像に難くない。

また、道の駅を会場に灯籠会を開催したり、吟行旅行で寸劇を披露したり大いに楽しんだ。

活動

年間に四・五回、奥津保社と合同での研修句会を開催するほか、美濃武儀狂俳連盟が行う、総会句会や寿齢祝賀句会開催の担当や投吟に関わっている。

例年、地元の文化祭には、会員の入選作品の短冊三十点ほどを会場に掲げ、狂俳文芸の普及にも努めている。また、ここ二年は関市の呼びかけによる「サークル参観日」に協賛して勉強句会を開催し、二年で五名の新会員を迎えることができた。


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