岐阜調狂俳と俳句の研究

東海ちょりゅう

狂俳

“KYOHAI”

令和5年 狂俳発祥250年

To the next 300 years

和歌「敷島の道」連歌「筑波の道」狂俳「稲葉の道」

連歌(真態)俳諧(行態)狂俳(草態)

ホーム狂俳日々徒然 行灯祭り,  揖斐川吟社,  文化活動 行灯まつり 揖斐川町北方 北方神社奉燈文芸

行灯まつり 揖斐川町北方 北方神社奉燈文芸

2022.04.26 210

北方神社は、揖斐郡北方にあり、上代、三輪氏が治めていた頃、大国主命の第三子大物主神(事代主命)を祀る神三御子社として創建されました。その後、藤原氏が統治するところとなり、春日神社を相殿とし祀ったことから、春日神社と呼ばれました。

明治になって政府の社寺統合政策を受け、北方村では村内各地の神社、11地区十五社の大合祀が行われ、一村一社が実現し、北方神社となりました。
本殿、拝殿、幣殿、渡殿、瑞垣、鳥居の五棟が岐阜県重要文化財に令和元年に指定されています。
同じく県の重要文化財である祭事記が残る「ねそねそ祭り」や「とりの子祭り」が行われ往時が偲ばれます。

そして、北方には、奉燈文芸というすばらしい誇るべき北方神社の八百万の神々に奉る文芸祭がおよそ百年前から続いています。里謡と俳句と狂俳(九割を占める)が奉納されています。平成十年ごろには、西濃地区の吟社だけで五千句も集まり盛大に行われました。

平成十五年以降は、岐阜県下の各社からも寄せられるようになり、二千句ほどが集まり、八月初旬には林清翠雅ほか揖斐川吟社北方支部の方々が中心になり北方神社恒例奉燈文芸会を北方公民館にて実施しております。

そして毎年、お盆の時期には、俳画を坪井寿扇雅、青木信嘉雅により代々描いていただき、行灯に仕立てて飾り、北方神社に奉燈してお祭りしております。北方地区文化の美風として伝統となり現在まで続いております。


挨拶

狂俳とは

組織

文芸活動

文化活動

機関誌・報道

その他

狂俳結社紹介 岐阜地区

西濃地区

東濃地区

中濃地区

郡上地区

飛騨地区